冬越しの前

幹がなかななか太くならないので金木犀を剪定してみた。
落とした枝を集めていたら・・・
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なんと蜂の巣。
巣は新しいようだが、住人はいないよう。
あぶないとこだった。

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木の名前、けっこう知っているつもりでいたけど「つもり」なだけだった。
庭でおおきな顔をしているこの木だが、赤い実から調べ始めてやっとのこと檀(真弓)にたどりつく。
これが檀だったのかと物の名も知らないことにため息がでた。
実がならなかったなら、名前にたどりつくチャンスは少なかったかも・・・
東と西に古木が1本ずつある。

祖父は玄関前に棕櫚の木を3本植えた。
時経て1本が枯れ、残り2本も背が伸び、車を乗り入れるに不都合だし見た目もよくない。
家いじりを手伝いに来てくれた友人に「棕櫚の木、切っちゃって」
よそのことをしていたら反対側のふわふわした葉の出る木がなくなっていた。
たしかにしゅろしゅろした葉っぱであったが・・・
棕櫚の樹皮はたぶん、なべ底の煤落としなどに使ったのだろうか。
まだ北側に残っていて、古い葉っぱの始末がじゃまくさい。


葉にたむろってる虫の素性を調べるのは難しい。
大海に放り出されたような気分になり挫折。


電気を原子力でっていう流れにしがみつく人がいまだに多いのも困ったものだ。
こんなにひどいことになっているのに、上に行けばいくほど心を入れ替えようなぞという気はさらさらない。
「地球に土下座して謝らなければならない」
そのくらいなひどい事故だったし、チェルノの教訓を生かすことができないのなら人類なんぞは滅ぶのもいたしかたないと思う。
あえて無視しようとする人たちが多いジレンマに悶々としている。
何をしたらいいのだろう、やはり大海に浮かんでいる気分だが、これだけは挫折したくない。
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by asajiuyomogiu | 2011-11-23 18:33 | | Comments(0)
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